「懲戒処分」について
こんにちは。齊藤マネージメントサービス 代表の齊藤です。前回のメールマガジンで人事評価制度について考察をしました。その目的は、社員のモチベーションアップを図ること、社員を効果的に採用し質の向上を行いながら定着を図ることとお伝えしましたが、時には社員の行為に対して制裁を行わなければならない場面もあろうかと存じます。今回は、懲戒処分について考えてみたいと思います。
1.「懲戒処分」とは
懲戒処分は、社員が服務規律を含む企業秩序に違反したことに対して企業が課す制裁措置(秩序罰)です。遅刻や無断欠勤、不正行為や犯罪行為をした場合など、就業規則に定められた「懲戒事由」に該当する行為があった時に行うものになります。
企業が懲戒を行う権利(懲戒権)があるのは、社員と労働契約を締結しているからです。このため、懲戒できる場合と処分内容は、企業の存立の維持・事業の運営のために必要かつ合理的な範囲内に限られるため、「どのような行為をした場合にどのような種類の懲戒を行うのか」を就業規則に明記し、かつ、しっかりと従業員に対して周知しておく必要があります。
つまり、就業規則にこれらを規定した上で、それが明らかな企業秩序違反と認められる状況で、更に規定された懲戒事由に該当する場合でしか懲戒処分は行えないということになります。
2.懲戒の種類
懲戒に際してどの様な種類の懲戒を設けるかについては、法律上の規定はありません。基準は各企業に任されています。しかし、事実上共通しているものがあり、それらを整理すると次の通りです。
①戒告
「将来を戒める」、という処分です。単に「注意」に過ぎないものとして、就業規則に定めていない場合もあります。
➁譴責(けんせき)
「始末書を提出させて将来を戒める」、という処分です。以後同様の違反行為を行わないように、反省や謝罪を含んだ誓約書を提出させます。もし社員が始末書を提出しなかった場合は、実務的にはこれに対する懲戒処分は行わず、人事考課等で査定すれば足りるものと考えます。
③減給
「本来ならば支給されるべき賃金の一部を差し引く」、という処分です。差し引く金額については労働基準法で制限があり、「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」と定められています。すなわち、1件の懲戒事案についての懲戒は平均賃金の1日分の半額が限界であり、複数の懲戒の場合でもその総額が賃金支払期間の賃金総額の10分の1を超えてはなりません。
④出勤停止
労働者の就労を一定期間禁止する、という処分です。その間は、賃金は不支給となります。出勤停止期間は、通常、勤続年数に参入されません(就業規則にその旨の規定が置かれます。)。
出勤停止の期間をどの程度の長さにするかについては、法令上制限はありませんが、過度に長期のものは、公序良俗違反として無効となる可能性もあるので注意が必要です。
⑤降格・降職
役職や職位、あるいは職能資格を引き下げる、という処分です。どのような場合に降格を行うのかは就業規則に明示しておく必要があります。降格すると元の役職に戻るまでの期間は下がった給与が支給されることがあります。降格処分を科す際は、懲戒権の濫用に当たらないかどうか事実確認をしっかり行うと同時に、降格の理由や方法について、慎重に検討することが必要です。
⑥諭旨退職ないし諭旨解雇
「退職を勧告し、これに応じない場合、すなわち退職届を提出しない場合は懲戒解雇にする」、という処分です。懲戒解雇に相当する事案であっても、「情状酌量の余地がある場合」「深く反省が認められる場合」に諭旨解雇の処分を行います。退職金の取扱いは、規定の仕方によりますが、一部または全部を支払うことができるとの規定例が多いようです。
⑦懲戒解雇
「懲戒として、解雇する」、という処分です。通常は解雇予告期間を置かないで即時解雇になります。企業が従業員を解雇するには、「30日前に解雇の予告を行う」もしくは「30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払うこと」が法で義務付けられています。解雇予告手当は、労働基準監督署による「解雇予告除外認定」を受ければ支払いが免除されますが、実務的には解雇予告除外認定を受けるのに時間がかかることから、解雇予告手当を支払って即時解雇する例も少なくありません。
退職金については不支給とする例が多いですが、この場合は規程にこの旨を定める必要があります。但し、規定があっても、退職金を不支給とすることができるのは、労働者のこれまでの勤続の功を抹消してしまう程の不信があった場合に限られます。
3.懲戒処分の有効要件
懲戒処分が有効であるためには、以下の要件が必要です。
①懲戒処分の根拠規定が存在すること(通常は就業規則に規定)、また周知されていること。
➁その事案が定める懲戒事由に該当すること。
③懲戒の種類が就業規則に規定されたものであること。
④その事案に対して行う懲戒処分(選択した懲戒の手段)が権利濫用に当たらないこと。
4.権利濫用について
この中で上記の懲戒処分が権利濫用に当たらないかどうかということについて考察します。
権利濫用の判断要素は「行為の性質及び様態その他の事情」が過去の判例で挙げられています。
行為の性質とは、懲戒事由となった労働者の行為の特色です。セクハラであれば、被害者の人格に対する重大な侵害であると評価できます。
行為の様態とは、その行為の有様です。セクハラであれば、行動なのか言葉によるものなのか、どういう内容か、行為の継続した時間、頻度等になります。
その他の事情は、いくつかの観点があります。
①行為の結果
企業秩序に対していかなる悪影響があったかどうか。
➁労働者の情状等
(1)これまでの処分や非違行為歴、反省の有無、内容など
(2)年齢 一般に若い人には更生の機会を与える配慮が求められます。
③使用者の対応
(1)懲戒処分までの対応期間 行為から処分までの期間があまりにも長期間となった場合には権利濫用として無効となる場合があります。
(2)同種の行為を行った労働者との均衡
④手続きの相当性
手続きの相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上の相当性を欠くとして無効となる場合があります。
(1)訴求処分の禁止 後から懲戒事由を新設し、処分することはできないとするものです。
(2)二重処罰の禁止 一旦懲戒処分を行った後に、同一の言動について、再度懲戒処分をすることはできないとするものです。
(3)事情聴取・弁明機会の付与 会社は、行為者から事情聴取を行い、また、行為者に弁明の機会を付与しなければなりません。
5.懲戒処分の流れ
懲戒処分を行うための必要な手続きについて説明します。
①事実の認知
会社として非違行為を認知するには工夫が必要です。これは非違行為が隠される場合があるからです。第一は、認知するための制度を設置することです。通報窓口、苦情処理窓口の設置などが考えられます。
第二は、会社(管理部や人事部)の担当者が、定期的に各事業所や各部署を巡回することです。規程変更の際の周知や研修教育等で巡回するのとあわせて話を聞いたり、アンケートをしたりする等になります。
➁出勤差し止め
会社が、懲戒事案が発生したことに気づいた場合には、当事者の出勤を差し止める必要がある場合があります。例えば資金の横領が疑われる場合には、証拠隠滅の恐れがあるからです。
③事実の調査・確認
処分を決めるために事実関係の調査・確認を以下の流れで行います。主な留意点は、裁判で懲戒処分の有効性を争ったときに懲戒事由該当事実を立証できるかどうかです。
(1)関係者への聞き取り
(2)証拠品の取集
(3)周囲への聞き取り
(4)当事者への聞き取り
通報者や被害者などの「関係者への聞き取り」に始まり、文書や写真等の「証拠品の収集」、関係者や目撃者に対する「周囲への聞き取り」、最後に問題行動が指摘された「当事者への聞き取り」の流れで行います。聞き取りの際には、パワハラ等の場合は被害者だけでなく、通報者や聞き取りの対象者、更に当事者への対応にも配慮が必要であり、社内に無用な混乱が生じない様にする必要があります。
被害者や通報者、聞き取り対象者には「加害者に対して名前や聞き取り内容を開示してよいか」の確認やこれらの関係者が不利益を被ることがない様に努めるとともに、当事者への聞き取りは、聞き取りが強制ではないことを伝えることが重要です。
また、聞き取りの内容と証拠品の内容との矛盾がないかを調査すると同時に、内容が「事実」なのか、「推測」なのか、「意見」なのかを区別し、先入観を持たずに対応することも重要です。
④弁明の機会
調査・確認後は、当事者に弁明できる機会を設けます。これは手続きの相当性を確保する上で重要なプロセスになります。手段としては、「当事者を呼び出して話を聞く」「当事者に書面で提出させる」といった方法があります。事前に「弁明の場を設ける」旨を伝え、準備期間を与えるようにするとよいでしょう。なお、弁明の機会を拒否したり、弁明しないという態度を取った場合、これを放棄したものとして手続きを進めていくことになります。
⑤懲戒の可否、要否の検討
これらを踏まえ、当事者に対して懲戒処分を行うことができるかどうか、また、懲戒処分ができる場合であっても処分することが必要かどうか、その処分が妥当かどうかを検討します。
懲戒の可否に関しては、従業員の身分を持たない取締役は、従業員の就業規則で懲戒処分をすることはできません。また、私生活上の非違行為については、企業秩序を侵害した場合に限って懲戒の対象となし得ると考えられており、処分を行うことができる範囲が限られていますので、慎重に見極める必要があります。
一方、懲戒の要否に関しては、情状を考慮して処分を考慮する場合もあると考えます。これは処分の内容が事案に沿うものかどうかという観点も含まれます。事案によっては、戒告などの軽い懲戒処分を行って改善の機会を与え、それでも改善しない場合に、より重たい懲戒処分対応を行うという順序になります。また、ハラスメント等の場合で、被害者を考慮しなければならない場合には、懲戒処分を避けるべきか否かを検討することもあります。
⑥懲戒処分の決定
認定した懲戒事由該当事実について、予定していた懲戒事由を適用するかどうか、再検討を必要とする場合があります。
(1)情状酌量の余地適用する懲戒事由を決定すると、懲戒の種類も自動的に決定する場合です。懲戒事由が軽微であり、情状酌量すべき場合もあります。この場合、軽い懲戒の種類を選択することも可能です。
(2)過去の懲戒事例との比較
過去に今回の懲戒案件と類似した懲戒事例がある場合には、その事例と同等の処分をするのが原則です。また、参考となる懲戒事案と比較して内容の差異に応じて、より重く、または軽く差をつけて処分することになります。これらは過去の懲戒事例との公平性を保つために必要になります。
⑦懲戒処分の通知
会社が、懲戒処分通知書を作成して、面会して交付し、または、郵便で送付して、懲戒処分の意思表示をすることになります。懲戒処分通知書は、後日、従業員が懲戒処分の有効性を裁判所で争う場合には、重要な書証となるものですから、慎重に作成する必要があります。
懲戒処分通知書の骨子は、「①貴殿は、・・・の行為を行った。②これは、就業規則第〇条第〇号の…という懲戒事由に該当する。③よって、就業規則第〇条第〇号(懲戒の種類)により、・・・ に処する」というものになります。
上記①の記載は簡にして要を得た、正確なものである必要があり、上記②および③は、条文を正確に引用する必要がありますから、専門家の指導を受けて作成することが適切です。
本日は、懲戒処分について、考察させて頂きました。
懲戒処分は、問題行動を起こした本人に処罰を与えることだけが目的ではなく、全従業員に対して懲戒処分に該当する問題行為を明確にすることを通じて、再発防止や企業秩序を図ることができます。
また、トラブル回避の意味からも懲戒処分の種類と懲戒事由を明確にして、従業員に周知することも重要です。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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